+ 今に見てろよ +

 
5.運命の鳩

 その後の会話は、あまり覚えていない。
 「はぁ、はぁ」と爺さんの言葉に頷いていただけのような気がする。
 店を後にし、ぼーっとしながらいくらか歩いた頃。
 ようやく、ハっと我に返った。
 そして、あることに気づく。
「なぜ、俺の隣に鳩が……?」
 さっきから、ひょこひょことついてくるのだ。
 そういえば、店からずっとついてきた気がするぞ・・・?
 俺は、さっきの店での記憶を辿った。
「えーっと。あれから、カラクリ人形が音姫ちゃんをまねて人形師に作ってもらったとか言ってたよーな気がするな。あの爺さん、けっこう変人だよな。んでもって、いきなり窓から鳩が入ってきただろ?」
 ……。
 ……あ。
 そうだ、あの時。爺さん、あんなことを言ってたぞ?
「おや。しばらく顔を見せなかったが、珍しいな。この鳩はあの子によく懐いていおってな。どこに行くにもついて来て、他の店や家に入っても外で待っておった。夜になると、娘のいるこの部屋の窓に体当たりをかましてな。ワシが箒で追い払おうとしたのをあの子が止めて、家で飼うことになったんじゃ。病院に入ってからも、ワシと一緒に病院へ行って、窓の外から励ましたりしておったな。さすがに、中には入らせてもらえんでのぉ。今でもたまにここに来るんじゃ。あの子の姿を探しておるんかのぉ」
そうだ、そうだ。
 俺が悲しみに暮れている間、そんなことを一人でしゃべってたぞ。
 ぼーっとして、あんま耳に入ってこなかったが。
 んでもって俺は……、そう、「ワシは老い先短いし、ワシの子供も孫も飼うのを嫌がっておるし、お前さんに飼ってもらったほうがいいかもしれん」攻撃にまんまと引っかかったんだった!
 え――……っと。
 鳩を見下ろす。
「?」
 鳩がぴょこっと首をかしげてこちらを見上げる。
 とりあえず、前へ進む。
 ひょこひょこ、と鳩もついてくる。
 え――……っと。
 鳩を見下ろす。
「?」
 ぴょこっと首をかしげてこちらを見上げる。
 ……どうしろと。
 ……どうしろいうんだ? この鳩を。
「てゆーか。お前、そんなに安易に思い入れのある家、離れていいのか?」
 鳩に問い掛けてみる。
「?」
 ぴょこっと首をかしげてこちらを見上げる。
「ふっ。お前にこんな高尚な問いをした俺が悪かったよ」
 半ばヤケになりながら、また前へ進んだ。
 バサバサッ。
 今度は俺の肩に鳩がとまる。
 どうやら、その方が楽だと判断したらしい。
「えーいっ。分かったよ、もう。諦めてお前を飼ってやるよ!」
 しかたねぇなぁ。
 俺のダウジングの腕じゃ、鳩が精一杯だったらしい。
「あーあ。お前が運命の女のなれの果てかぁ。お前、もしかしてメスなんじゃねーの?」
 クルック―。
 よく分からない返事を返される。
 こうして……運命の鳩という連れを一羽ゲットし、今回の「彼女ゲット大作戦」記念すべき第一回目の試みは終わった。
 やってられん!
「次こそ、運命の彼女ゲットだぜーっ」
 俺の叫び声が虚しく辺りに響き渡る。
 ゲシッ。
 気持ちよく叫んだ直後、突然尻に衝撃が走る。
「何一人で叫んでんだよぉ」
「んだとぉ!」
 睨みをきかせながら振り返る。
「てめぇは!」
 いつぞやの小学生だな!
「まったく〜。傷心の奴に何て話し掛けようかって迷ってたら、いきなり一人でブツブツしゃべりだしてさ。しまいには叫んでるし。やだなぁ、こんな変態」
 そいつは、左右に結んだ髪をふりふりしながら、ハァ、とため息をついた。
「別にてめぇに好かれたかねぇよ」
 ちょっとやさぐれてみる。
 せっかく決意を新たにしたというのに、とんでもない邪魔が入ったものだ。
「おっと、それよりお前。前も突然話し掛けてきたよな。さては俺のストーカーだな?」
「何て失礼なこと言うんだ! まったく。音姫おねーちゃんも。惚れた男がこんなんだったとは知らなかっただろうなぁ」
 ……は?
「お前……、何て言った?」
「へへ〜。びっくりした? 私は音姫おねーちゃんと年の離れた妹だよん。名前は音夢《ねむ》。可愛いでしょ」
 うわ。
「何その、名前だけしか似てねーな、こいつって顔は」
 うーむ。そう言われてみれば、おめめパッチリの美少女系フェイスのような気もしないこともないが。
 俺はしゃがんで、そいつをじーっと見る。
「ちょっと、観察しないでよね」
 ビローン、と俺の頬を伸ばす。
「いてぇ! 何すんだよ。ま、つまりお前は音姫ちゃんの妹で、俺のストーカーをしているんだな?」
「違う!」
「じゃぁ、なんだよ」
「私は、あんたんちの近くの友達んちによく遊びに行ってるんだよ。で、偶然あんたが家で振り子をたらしてるのを見たんだ。何馬鹿なことやってんのかなーって思ってたら、運命の彼女がどうたらこうたらって叫んでてさ。コイツ、危ない奴だ、近寄らないようにしよーって思ったのに、よく見たらおねーちゃんの部屋にあった写真の奴じゃん。ショック受けながらもたまに覗いてたんだけどさ。途中で雨戸も閉めるようになってさ。まぁいっかって思ってるところに、あんたが店の前に来たのを見たから話しかけただけだよ!」
 一生懸命弁解しようとしているところが、ガキだな。
「まぁ、一言でまとめるなら」
 何を言うのかな? という目で見つめられる。
「ストーカーだな」
 ゲシッ。
 足が顔にめり込む。
「いてぇ! お前、俺のプリティーフェイスに何すんだよ!」
「うるさい! どこがプリティーだよ! 元々泥みたいな顔だからいいじゃん!」
 コツコツ。
 無視するなとばかりに、鳩が俺の足をつつく。
 いつのまにか地面におりていたらしい。
 ガキのキックを自分だけ避けるとは、ふてぇヤローだ。
「ったく!」
 俺が苛々するのを見て、ガキはクスクスと笑う。
「まぁ、いいじゃん。運命の鳩なんでしょ」
「うるせぇ。お前、さっきから思ってたけど、超生意気だ」
 俺の憎まれ口に、今度はにっこり笑う。
「そろそろ私、帰るね。あんたが来るの物陰で待ってて、まだご飯食べてないし。あんたもきっちり家でおねーちゃんへの愛をかみしめながら落ち込みなさいよね」
「はいはい。お前も家でテレビを見ながらオマンマ食べて醤油でもこぼして怒られな」
 チョップをかまして、俺を睨み付けるガキ。
「しつこいよ! 今度はあんたんちに遊びに行くから、お菓子とお茶くらいは用意しといてね。盛大にこぼしてさしあげるわーっだ」
「おい」
 ガキはスクッと姿勢を正すと、人差し指を立てた。
「あと、私の名前は音夢! 名前で呼んでくれないと、もっといっぱい鳩をつれてくからねーっだ」
 一家そろって鳩に好かれる体質なんか?
「勘弁してくれよ……」
 がっくりと項垂れる俺に、少女軽やかに踵をかえす。
「じゃぁねん。陽司にーちゃん♪」
 たたっと軽快な足音を残して走り去っていった。
 なんで名前を知ってるんだ?
 ああ、音姫ちゃんか爺さんに聞いたんだろうな。
 ……ふぅ。ようやく嵐が去ったか。
 さーてと。
 俺は、クークーウッホッホーとか鳴いている鳩を見下ろす。
「しゃーねぇ。明日はペットショップとお菓子屋にでも行くか」
 こうして、俺の切ない過去には、輝かしき一つの恋のメモリーが刻まれた。



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