+ 神に魅せられて 第二章 +


 蝋燭の炎だけが不気味にゆらめく暗闇の中、抑揚のない低い声だけが響き渡る。
 怪奇な言葉や図形がびっしり描きこまれた魔法円の上で、緋色の長衣に身を包んだ女はひたすらに呪文を唱えていた。
 今日で、もう七日目になる。

 
 汝を我は喚起す
 住まいを捨てた明けの明星ルシフェル
 かつて神にもっとも近かりし者
 天地創造一日目にして地へと投げ落とされし
 反逆者

 意図された運命を導く台詞を紡ぎながら、女は神への憎悪をたぎらせていた。
 
駆け引きのうまい神。
 決して姿は現したりしないのに、側にもいてはくれないのに。永遠に私達を愛し、見守る卑怯な神。
 あなたによって満たされ育ち生かされた私は、罪にまみれた人間の身で、あなたに恋し酔いしれるようになった。

 人を人とせし者
 人に原罪をもたらし
 子を産み 食物を得 死すべきものとした
 偉大なる誘惑者ルシフェルよ

愛しい。誰よりも愛しい。
 人として、情欲にまかせ、快楽におぼれ、烈しい熱情と劣情で私はあなたにすがりつく。
 すべてを剥き出しにして、さらけだす。
 見て。これが、あなたの創りだした、あなたの一部。
 あなたの愛する、卑しく、淫らで煩悩にまみれた愚かな人間の姿よ。
 どくどくと息づくこの心臓は、あなたへの狂った愛の証。

この世の最高の絶望を知る
 孤独な放浪者たる汝を我は意思する

愛に拘束され、蝕まれた私をあなたは清いと言えるのかしら。
 神よ、あなたの存在知らなければこんなに苦しみはしなかった。
 なぜ私に気づかせたの。
 それはあなたの罪。

我は愛を享受するという
 人としての権利を放棄する
 それは不断にして永遠なり

平等な愛なんていらない。
 幸せなんて祈ってもらわなくていい。
 私だけへの愛が存在しないのなら、何もいらない。

 私を知って。その他大勢の愛する人間なんかじゃなくて、私だけを見て。
 そのためなら、あなたの逆鱗にふれたっていい。
 あなたから迸る愛の水は私が全て飲み干してくれるわ。
 あなたから放たれる愛の光は、私が全て覆いつくして飲み込んでやる。
 嘆くがいいわ。
 悲嘆にくれて、血の涙を流しながら、私を殺すがいい。
 私はあなたの心に、私の存在を刻み付ける。

我の内へとむかい
 自由に流れよ

かっこつけないで、神のくせに。
 その苦しみ、悲しみ、怒り、憤り、感情という感情を私にぶつけて。
 愛はいらない。

 あなたに永遠に残る傷跡をつける。
 そのために私は生きている。
 そのためにしか生きられない。
 たとえ罪人として地獄の口に呑み込まれ、硫黄の燃える火の池に投げ込まれようとも本望。

 長い時間なんか見つめないで。
 幸せを与えて自己満足しないで。
 私の生、惜しまないのなら疎んでちょうだい。呪ってちょうだい。
 今の私を。私を見て。

 ああ、このままだと私は罪を犯す。
 神よ、見ているのなら、どうかすべてを消してください。
 手遅れになる前に、どうかすべてを…。

ルシフェル わが主よ
 汝、我をむさぼり給へ
 我と契りを交わし
 天を滅ぼす悪魔を産み出さん

その時、女は気づいてはいなかった。
 悪魔の気配を辿り何人もの聖人が来ていたことに。
 ドアは勢いよく開け放たれ、まだ完全には具現化されていない悪魔は女の魂のみ奪い、消え去った。
 変わり果てた女の姿に聖人の一人が嘆く。

「僕の、生徒だ…」 



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