+ 夢小説U−5 +


2004年2月28日 「愛しているのに」


「最後に教えて」
 甘く、悲痛な最後の懇願。
「私のこと、一瞬でもいい。愛してた?」

 答えなんか、どっちでもよかった。
 ただ、彼と話している時間を引き延ばしたかった。
 私への愛を、その瞳に宿してほしかった。
 それが、私を騙すだけの偽物でも構わない。
 甘い夜の味を、もう一度味わいたかった。

 彼は優しい人。
 自分に正直で。
 決断力もあって。
 こうと決めたら、曲げないし。
 嘘も嫌い。


「愛しているよ」

 色褪せた茶色の髪をなびかせ、彼は寂しげに呟いた。

「過去形なんかじゃない。今も、愛してる」

 何人もの人間を殺してきた野性の顔。
 その顔が、今は私への愛でゆがんでいる。

「私も。私もまだ好き。だからお願い。あと1分だけ、何も知らない女でいさせて」

 私を見つめる瞳。
 それは、私のよく知っている優しい彼だった。

「…いいよ。1分だね。僕も、この1分に君への思いの全てをこめる」

 それが終わった時、全てを忘れようとするのだろう。
 そういう人だ。
 だったら、私が一生覚えていたほうがいい。

「ありがと」

 彼の頬を優しくなでる。
 彼はその手をそっととり、小さなキスをした。

 愛してる。
 愛されてる。
 そのことだけが、確かだ。

 彼の首へと腕をまわす。
 そんな私を、大きな腕で包み込んだ。
 温かなぬくもり。
 もう離れたくない。
 全てを忘れて、腕の中で眠りたい。
 何も知らずに、このまま死んでしまいたい。
 
 彼の匂い。
 彼の温もり。
 守られている実感。
 どれか1つでもいい。永遠に手にいれることができたら…。

 長いキス。

 私たちはその間、きっと同時に数えていた。

 55、56、57、58、59…。

「愛して”た”よ。あなたのお嫁さんになりたかった」

 ドン、と彼を突き飛ばす。
 急いでその場を離れ、壁に隠れた。

 パンパンパン…ッ。

 乾いた音が辺りに鳴り響く。
 もう、好きだった人はいない。
 そこにいるのは、私を狙う暗殺者だけだ。

「死にに来な!」

 私を挑発する奴の声。

「あんた、剣に自信がないようね」

 銃の腕は奴のが上だ。
 私が撃ったところで、かわされる。
 私は、近くにあった椅子にロープを巻きつけた。

「俺は、お前を殺す。それが仕事だ」

「だったら、まずは私をとらえないとね」

 壊れかけの壁に身を隠しながら、彼の後ろへとまわりこむ。
 それに気づいたのか、こちらに身体を向けようとする。
 そこを見計らって、勢いよくロープを引っ張った。
 重なりあうようにして倒れこむ椅子。

 一瞬の油断。
 それが命とりになる。

 私は、舐めるように優しく、彼の首に剣を切りつけた。

「ちっ!」

「愛してるんでしょう!私を!」

 一瞬、彼の動きが止まった。
 その間に、また壁の後ろへと走る。

 パン。

 心なしか、銃声の音も弱く感じる。

「あなたを愛して、私は生きるわ」

 もう、ここに用はない。
 彼の迷いは、私に逃げる隙を与えた。

 きっと、剣の先に塗った毒がもうすぐ彼を蝕む。
 そんな姿見たくない。

 さよなら。
 あの世でいつか、会えたらいいね。
 私が死んだら、迎えにきてよ。
 もう一度、甘い夢を一緒に見よう。
 

 

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