+ 今に見てろよ +

 
 
1.ダウジングと寂しい俺様

 
 カーテンはもちろん、雨戸も閉め切った薄暗い部屋。
 俺の集中力は今までになく最高の域に達していた。
「ふっふっふっふ……」
 彼女いない歴二十年。
 むさい男の群れの中で苦渋をなめ続けていた自分とは、今日でオサラバするのだ!
 この日のために用意した、ぶっとい蝋燭がゆらゆらとゆらめく。
 気分はもう、売れっ子魔術師だ。
 いかめしい黒のテーブルの上に、東西南北と書いた紙を置く。
「さぁ……始めようか、マイ振り子君。三ヶ月間の修行の成果を見せる時が来たのだよ」
 紙の真ん中にギラギラと銀色に輝く振り子(通信販売で購入)をたらし、精神を集中させる。
「さぁ……示したまえ。俺の……そう、俺の、運命の女性がいる場所をな!」
 目をカッと大きく見開き、振り子の動きを注意深く観察する。
 が。なかなか動こうとしない。
 チクタクチクタク……。
 時計の音だけが虚しく響く。
 チクタクチクタク……。
 だんだん悲しくなってきた。
「頼むぞ……お前にかかっているのだよ振り子君。今日は本気を出してくれたまえ」
 もしかして、俺には運命の女性などいない、というわけではあるまいな……?
 いや、いるはずだ!
 俺のこの熱くて甘くて癖になるであろう溢れんばかりの愛を、待っている人がいないはずがない! 
 むしろ、全世界の女性がそれを望んでいてもオカシくはないと言うのに……。
 ああ! そうか! あまりに運命の女性が多くて振り子が悩んでいるのだな?
 ふっ、仕方ないなぁ。しばらく待ってやろう。
 チクタクチクタク……。
 これはまさに、時計との戦いだ。
 チクタクチクタク……。
 何十分そうしていたであろうか。ようやく振り子が動きだした。
 チッチ、と右側にひっぱられるような動きをしている。
「む? こ……これは! くっく……そうかそうか。やはりそうか。そう思っていたぞよ。腕がツりそうになりながらも、待っていたかいがあったというものだ」
 ビヨンビヨン、とますます大きな動きをする振り子にチュっとキスをする。
「ありがとう、振り子君。君が好きになりそうだよ」
 横に置いておいたハンカチの上に振り子を優しくのせる。
 無駄に灯していた蝋燭の火も、フッと一息で消した。
「さぁ……行こうか」
 カーテンを開け、窓も開け放ち、ついでに雨戸もガタガタと横に動かす。
 途端に、外のすがすがしい空気が部屋を駆け抜けた。
「ふぅ……」
 この世界のどこかに俺の運命の相手がいるんだな……。
 短い髪をなびかせ、勝利の余韻に浸る。
 ついでに、運命の門出を記念して無意味に足を窓のさんにかけた。
 スゥ、と息を大きく吸い込む。
「会いに行ってやるぜ! 太陽の出ずるところの女性にな!」
 東を指差し、ポーズを決める。
 決まった。
 我ながらカッコイイ。
 ……。
 しかし、なんだか嫌な予感がする。
 ふと、視線をずらす。
 目の前の道路を西から歩いて来るおばさんが、何事かとこちらを見ていた。
「いかん。このまま、あのおばさんを見ていたら俺の東の女性になってしまう。さすがに、おばさんは勘弁願いたいものだな」
 独り言を言いながら、おばさんがまだ西の女性であるうちに、そそくさと家の中に戻った。

 2.いざ出陣

 その日の夜、七時半頃。
 俺は運命の女性に会うために家を出た。
 運命の女性が赤ちゃんだったとか、小学生だったとか、そういった悲劇的状況を避けるための時間設定だ。
 特に周りは一軒家の多い田舎なので、気をつけなくてはならない。
 犯罪とは無縁でいたい小市民なのである。
 テクテクテクテク。
 ひたすら歩く俺。
 とはいえ、それでも危険が伴う。
 ウォーキング途中の婆さんに出会ったが最後、うまくいったとしても未来は介護と遺産だけだ。
 俺の理想はそんなものではない。
 それも一つの人生だと割り切れるほど、大人ではないのである。
 テクテクテクテク。
 胸躍らせながらひたすら歩く俺。
 しっかぁし、ダウジングの腕はけっこうなレベルまで達したはずだと自負している。
 何時間もシャワーに打たれ、精神力は格段に高まったはずだ。
 まさか、婆さんに当たるってことはあるまい。
 ちなみに滝に打たれに行っていないのは、旅費を節約するためであって、痛くて冷たいのが嫌だったわけではない。
 テクテクテクテク。
 遠い目をしながらひたすら歩く俺。
 ……違う。俺は何も、心の中でウダウダと自画自賛するために歩いているわけではないんだ。
 運命の相手に会うためだけに、東へとただひたすら歩いているのだ。
 テクテクテクテク。
 不安に苛まれながらひたすら歩く俺。
「――……っなぜだ」
 悲しさのあまり、ガクっとその場へ座りこむ。
「なぜ、まだ夜八時近くだと言うのに、女性に会わないんだ――……っ」
 おかしい。いつもならこの時間、大学帰りのピッチピチ女子大生や、会社帰りの新米キラキラ社会人女性が通っているはずなのに。
 このままでは、世界一周すらしかねない。
 ふっ、仕方ない。会わないならば会いに行くまで。
 その辺の開いている店にでも入るとするか。
 若い女がいる店にな!
 立ち直りの早さだけはピカイチの俺だ。
 自らの提案に希望の光を見出すと、すくっと立ち上がった。
 そして、前にのみ向けていた視線を周囲へと向ける。
「ふむ」
 俺は、すぐ左手の店の中にぼんやりと灯りが灯っているのを発見した。
 ここは、何の店だ? なんだかチマイものがいっぱい並んでいるな。
 小さなアヒルのガラス細工。小さな象のガラス細工。なんだかよく分からない茶色の箱。
 かすかに小さな音も聞こえる。
 これは……。
 中から流れるその可愛い音と、小さな物の数々に、ひらめいた。
 オルゴール兼ガラス細工店といったところだな! 
 ふふん。俺にかかっちゃぁ、店の主旨なんて一目瞭然さ。
 得意げな気分で、中に女性がいないか目を凝らす。
 ふむ、レジの辺りで横を向いて何かをしゃべっている爺さんと……。
 おお!
 あれは!
 爺さんの横にいるのは!
 女だな!
 長い髪に細い体つき……。うむ。若そうだ。ここからではよく見えないが。
 まず、このドアの曇り具合を何とかしてほしいな。ちゃんと拭いてるのか?
 イライライライラ。
 はぅあ!
 俺の胸はいきなり跳ね上がった。
 か……彼女がこちらを向いたぞ!
 ほ……微笑んでいる!
 なんて美しい笑顔だ。まるで天使のようだ。
 俺を暖かく包んでくれる優しい天使。
 これは間違いないっ。
 運命の相手だ――――――っ。
 ああ、向こうを向いてしまった。
 あ、またこちらを向いてくれたぞっ。
 ど……どうしよう。
 俺はこの後、どうすればいいんだ?
 分からない……。分からないぞ?
 誰か、教えてくれ。
 俺のドキドキは頂点まで達し、そして……。
 何を考えたのか、そのまま回れ右をして、その場を走り去った。
 今までの人生の中で、一番胸が高鳴り、緊張し、動転したのである。
 彼女と会ってみたい。
 彼女としゃべってみたい。
 その、どうしようもない思いの末、俺はその場を去ってしまったのだ。
「馬っ鹿みたい」
 突然どっかから声が降ってくる。
 走るのに疲れ歩いていた俺は、何事かと振り返った。
「何で店の中に入らないのよ」
 そこには、長い髪を二つに結んだ小さい女の子がいた。ぜーはーと肩で息をしている。
「なんだ? お前は」
 いぶかしげに聞く。
 その少女はチッチと指を左右に動かした。
「そんな口のききかたしていいのかな? 私はあなたの運命の相手かもしれないのよ」
 悪戯っぽい瞳で俺を見上げる。俺を誘惑でもしているつもりだろうか。
「小学生は家に帰んな。テレビゲームをしながらオマンマ食べようとして、ママに怒られるがいい」
 ちょっとからかってみた。
「ガキ扱いするな! もう立派なレディだもん」
「口だけはご立派だな。お前みたいにガキガキしている奴が俺の運命の相手なんて、聞いてあきれ……って、ああ? お前何でその事を知ってんだ?」
 運命の相手を探しているなんてこっ恥ずかしいこと、振り子に誓ってもいいが誰にも言ってないぞ。
「ははん。なんででしょうかねーっだ。口のきき方の一つでも覚えたら教えてあげるわ」
「まぁ、なんでもいいや。俺にはもはや運命の相手は見つかっているんでな。お前の出る幕はねーよーぉだ」
 ガキに合わせてガキっぽくなってみる。
「ふーんっだ。ばか! もう何も教えてあげないもんねー!」
「あ、おい」
 その子はイーッと口をめいっぱい広げ、そのままスタコラと去っていった。
 少しからかいすぎただろうか。
 ま、今の俺にとっちゃ、どーでもいいや。

  


2へススム


戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送