+ 今に見てろよ +

 
3.彼女ゲット大作戦

 今まで俺は、好きかもしれないと思った女の子に、話し掛けることすらしなかった。
 嫌われたらどうしようとか、気があると思われたら恥ずかしいとか、そんなことばかり考えていた。
 結局、何もしてこなかった。
 今もそうだ。彼女に対して何か行動を起こすことが恐くて、結局逃げてきてしまった。
 なぜ、俺はこんな風なんだろう。
 
 俺のこの情けない性格は、小学校一年生の時のあの事件に端を発するのかもしれない。
 そう、あれは、作文の時間だった。次々とクラスメイトが自分の文章を読む中、なかなか「腹が痛い」と言い出せなかったのだ。
 もうすぐ自分の番だ……でもお腹が痛い……きちんと読まなきゃいけない……でも今トイレへ行かないともらす……。
 腹を下していたあの時の俺は必死だった。そして「もう限界だ」と感じた時、俺は意を決して席を立ったんだ。
「先生」
 その瞬間、ケツがゆるむのが分かった。
 俺の周囲の奴らは不思議そうな顔をした後、眉をくねらせ、鼻をつまみ、面白がりながらこう言ったのさ。
「こいつ、くせぇー」
 クラス中が大騒ぎってやつだ。あちこちから悲鳴があがる。
 遠くの席の奴らさえ、「なになにー?」なんて聞いてやがる。
 「うそー」「やだー」なんてセリフが横行する中、俺は泣きながら先生に付き添われてトイレへと辿り着いたのさ。ようやくな。
 そのまま何事もなかったようにクラスに戻ることなんかできやしねぇだろ? 
 俺は、強烈な精神的ショックを抱えながら、泣く泣く家へと早退したのさ。
 あれからというもの、女子が陰でこそこそと俺の話をしているのを、ずっと感じていたよ。
 中学の修学旅行の時だってそうだ。
「ねぇ、ゆか。誰が一番クラスの中で気になる?」
 そんな話をしているところに運悪く居合わせてしまった。
 俺は、壁に隠れてこっそりと聞くことにした。だって気になるだろ? 
 正常な人間なら誰だってそうする。
「うーん。あえて言うなら、鷹君かなぁ」
 その言葉を聞いた時、俺は浮かれたね。
 俺も捨てたもんじゃねぇなって思った。
 しかたねぇ、俺から告白してやるか。
 そして俺らはドッキドキの恋人同士さ! 
 ゆかりん☆ 鷹ちゃん☆ なんて呼びあったりしてさ。
 初キッスの場所はどこにしようかな、俺的には夕日をバックに海がお勧めさ、なんてことまで一瞬にして考えた。
 それがどうだ。次の女のセリフは俺を地獄へと突き落としたのよ。
「あぁ。でも、そう言えばあの人、小学生の時もらしてたよ。しかも、おっきぃほう」
 なぜだ? なぜ小学生時代のことをわざわざ報告する? 
 今の俺には関係ねぇじゃねぇか。ほっとけよ。
「えぇ? マジ? うわぁやだなぁ。もう萎え萎えだね」
「そうそう。鷹君って言うと、もうそのイメージしかないのよ」
 俺に好意を抱いてくれたゆかりん☆ とのラブ妄想をした瞬間に、俺は奈落の底へと落ちたんだ。
 彼女の俺に対するイメージは「憧れのあの人」から「もらしマン」に一瞬にして変わった。
 それが、悲しくて仕方がなかったよ。
 女とは、俺を嫌がる生き物なんだ、と頭に刷り込まれた一瞬だった。
 俺はそのまま、二十歳になるまで女と付き合いすらしない童貞ヤローだ。
 どうしたら嫌われずに友達になれるのかも分からないし、どうしたら恋人に発展するのかも分からない。 
 だが、この運命を台無しにしたくはないんだ。
 どうしたら仲良くなれるのか……。
 こんな気の弱い自分は、見たくない。
 どうしたらいいんだ……。
 よし。
 手始めに、さりげなく女のコに話し掛けるコツを考えよう。それしかない。
 おもむろに携帯電話を手にとると、友人の電話番号を押す。
 津川玲という、高校からの薄い縁だ。
 頼まれたら嫌とは言えない、いい性格をしている。
 そこを見込んで俺は、高校時代に何度も頼み事をしてきた。
 トゥルルルル……トゥルルル……ピ。
「なんだお前かぁ、鷹」
「出た瞬間にそれかよ」
 鷹というのは俺の苗字だ。ちなみに名前は陽司である。
 つなげて呼ばれるのは嫌いなので、フルネームで呼ばないように。
「お前から電話なんて珍しいな。着信見て驚いたよ。また頼み事か?」
「ひどいな。お前の声が聞きたかっただけかもしれないのに。俺だって頼み事以外の電話もするさ」
「おお。それは珍しい。さては、俺に惚れたな?」
 向こうからクックと笑い声が聞こえる。
 こんなバカ話に付き合っている余裕はない。早速本題に入ろう。
「んなわけねーだろ。実は、お前を見込んで頼みがあるんだ」
「……」
「あれ? どうした?」
「……いや。もういいよ。お前の性格はわかっているから……」
「何だか分からんが、話を続けるぞ。実はな、お前にどうしても聞きたいことがあるんだ。これは俺のこれからの運命を左右することだ。お前のアドバイスが今、まさに必要なんだ」
 数秒の沈黙。
「いやぁ。いつもエラソーにしてるお前がそんな重大なことを人に聞く日が来るとは思わなかったぜ。ようやく俺の価値に気づいたらしいな」
「これは俺の辞書にはないことなんだ。心して聞いてくれ。あのな……」
 何て言おうか。
 ストレートに、ダウジングで引き当てた女に話し掛ける方法か? 
 いや、それはハタから見れば愚かすぎる。
 じゃぁ、素敵に一目惚れした女と設定を変えるか? 
 だが、それもガラじゃねーな。
 どちらにせよ、笑いものにされることは目に見えている。
「ずいぶんとためるな。いいぜ心の用意はできた。どんなことでも聞いてくれ」
 どうする?
 どうするんだ、自分。
 己の素顔をいっそ、ぶちまけてみるか?
「その内容と言うのはな……」
 恥を捨てるか?
 見栄をとるか?
「ああ」
 友人も、言葉少なに、次の言葉を待つ。
 うーむ。やはり、設定を少し変えよう。
 恋愛……女の子に話しかけ……恋愛……仲良く……。
「うむ。俺は今、恋愛シュミレーションと呼ばれるゲームに興味があるんだ。そこで聞きたい。そういった類のゲームでは、どのように主人公は女と出会い、仲良くなっているんだ?」
 かなり長い沈黙。
 なぜだか、受話器の向こうで、喉から出しているような変につまった声が聞こえる。
「それが……」
 言葉を絞りだす友人。
「それが、お前の運命を左右するのかーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!」
 う……っ。
 せっかくいい聞き方をしたと思ったが。
 そういえば、最初にそんなことを言ってしまった。前ふり失敗の巻だな。
「ああ。とても重要な問いなのだ。お前の答によって、俺の将来が決まると言っていい。心してかかれよ」
 ちょっと開き直ってみる。
「いいよ、もう……。お前をちょっとでも信用した俺が馬鹿だった。そうさ。それがお前だったよ。いつでも俺の想像の斜め上をいくのさ。どっかのバカ王子みたいにな」
 誰だよ、それは。いや、そんなことはいい。
 今真っ先にすべきことは、俺の未来のパラダイスのため敢えて下手に出て、明確な答を聞くことだ。
「とにかく、俺を助けると思って、真剣に答えてくれたまえ」
「あーあー、はいはい」
 友人は半ば諦めた様子で、言葉を続ける。
「そうだな。幼馴染だったとか、通学途中でぶつかった女が同じ学校だったとか、ネットで知り合って仲良くなったとか……」
 どれも駄目っぽいな。
「他には?」
「他には、そうだなぁ。バイト先が同じだったとか……」
「それだ!」
 携帯電話を持ったまま、スクっと立ち上がる。
「それだ、その言葉を聞きたかったんだよ、君ぃ! ご協力ありがとう。君の犠牲を無駄にはしないよ」
 俺はスタスタと歩き、窓をあける。
「おっおい、俺を勝手に死なせるなっ、てゆーか、聞いてるか? おいっ」
 敬意を払い、静かに電話を机の上に置くと、外へ向かって叫んだ。
「俺の勝ちだーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
 爽やかな夜風が頬をなでる。
 勝利の雄叫びで気分をよくした俺は、ふいと夜空を見上げた。
 ん? 今宵は満月じゃな?
 俺の勝利を、月さえも予感させてくれてるぜ。くっく。欠けたることもなしと思えばーってな


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