+ 今に見てろよ +
3
4.彼女との接触
次の日の夜八時ちょっと前。
例の店に「アルバイト」をさせてもらえないかと尋ねに来ていた。
まだ、店の前だけれど。
シナリオは完璧だ。
この辺りのような中途半端な田舎町では、昼間と違って人が少ない。バイトを頼んだことがきっかけで、少しは話ができるはずだ。
だが、例の女性はいないようだ。
昨日と同じくらいの時間ならいると思ったんだが……。
まぁ、爺さんと仲良くなっとけば、次回、彼女を交えての会話ができるだろう。
ギィ。
勇気をもって、ガラス窓のついたドアを開ける。
ティラティラティラティラリラ〜ン♪
ドアの鈴の音と、オルゴールの音が重なる。
何だか懐かしい感じがするな。木造で、少し古ぼけているからかな。
大きなノッポの古時計でも出てきそうな勢いだ。
目の前には、所狭しとたくさんのガラス細工やオルゴールが置かれていた。
赤い卵型のオルゴール。シンデレラのガラスの靴。
女の子が喜びそうなものばっかりだ。
俺はあまり興味がない。
「綺麗ですね」
さりげなく、奥のほうでオルゴールの配置を変えていた爺さんに話しかける。
「ああ、そうじゃろぉ。おや」
なぜか爺さんの目が大きく見開かれる。
「俺に何か?」
爺さんは髭をなでながら、首をふった。
「いや。男性のお客さんは少なくてね。少し驚いただけじゃ。誰かにプレゼントかね?」
カァ、と頬がほてる。
そうか、こういう所に男が来る場合は、女へのプレゼントが多いんだな?
爺さんは、髭をなでながら近づいてきた。
「いや……。こういうのって結構好きなんですけど、なかなか店に入る勇気がなくて」
「ほぉ、そうかね。思う存分に見ていってくれ。男性のお客さんは少ないからな。こいつらも嬉しいだろう」
そう言って、手近にあるガラス製のアヒルの頭をなでた。
「はい。ありがとうございます。ところで、この大きいのは何ですか?」
何とか会話を続けて仲良くなろうと、近くにあった俺より背の高い、金の円盤が入った置物を指差した。
「おお。これはな、十九世紀のドイツのオルゴールでな。金の円盤にデコボコがあるじゃろ。ここにあたって音が鳴るんじゃ」
「ほほ〜。レコードみたいなんですね〜」
「あぁあぁ、そんな感じじゃ。若いコでもレコードを見たことがあるんじゃなぁ。よし、聞かせてやろう」
そう言って、爺さんはよく分からないコインを横についていた穴の中に入れた。
回りだす円盤。鳴り響く美しい音色。
ほう。
……って、違う。俺は、音楽を聞きにきたわけじゃないんだ。
いささか、美しい音色に心惹かれながらも、本題に入ることにした。
「あの、ここは今、アルバイトを募集していますか?」
よし、言ったぞっ。
「ほ? いやぁ。ここはワシ一人で趣味でやってるだけでのぉ。奥はワシの家になっとるし。動けんようになったら店をやめるつもりでな。アルバイトさんを雇おうとかは考えてないんじゃ。すまないな」
ん?
「あれ。この前ここを覗いた時に、女の子がいたと思ったんですが」
レジの横にいたし、アルバイトだと思ったんだが、違っていたのか?
「女の子? ああ、もしや……」
何か思い当たるふしがあったようだ。
「もう八時になるな。ちょっと待っとれ」
「あ……はい」
何だろう。八時になると現れるのか?
やはり美人だけあって八時から十二時までしかここにはいられないよ、とかそういうオチか?
そして俺は彼女の残した片一方の靴を持って彼女を探し歩くのだ。
不安な気持ちで八時を待つ。
手持ちぶさたなので、手近にあったオルゴールの音色を聞いてみたりもする。
ティラリラリリリラ〜ン♪
意味なし。
そわそわしながら待つこと一、二分。
突然、どこからか音楽が鳴り出した。
何の曲かは分からないが、可愛いくてちょっと物悲しい。
こんな曲をバックに森の湖で愛でも語りたいものだ。
パカッ。
突然、レジの右手にある、大きな木の時計の側面が開いた。
カタカタカタカタ。
中から人が出てくる。
レールをたどり時計の正面まで来ると、こちらを向き、ニコっと笑った。
薄い黒髪のロングヘア、真っ白な肌、ほっそりした体つき。
全てを許すような優しい笑顔をたたえた、べっぴんさんだ。
「八時です。八時です」
辺りをゆっくりと笑顔で見回す娘。
やわらかそうな長い髪がかすかに揺れる。
白いセーターに赤いスカートと、ありふれた服だ。
カタカタカタカタ……。
機械独特の音を鳴らし、愛くるしい笑顔をたたえたまま、反対側の側面へと戻っていった。
キューーーン……パタン。
彼女の姿は完全にその場から消え去った。
「な……」
呆然と立ち尽くす俺。
「な……なな……」
頭は真っ白になり、何も考えられない。
「これくらいの時間にここを通りなさるなら、この子を人間と間違えたのかもしれんな。のぉ、若いの」
俺は、ヘナヘナとそこに座りこんだ。全ての力を使い果たし、極度の脱力感が襲う。
「俺の……運命の……」
運命の相手は……機械だったと……。
「どうなされた?」
爺さんが心配そうに、こちらを覗き込む。
「俺は……彼女を本物だと……本物だと、信じてたんです……」
期待が見事に裏切られた悲しみに、プライドも何もかも忘れ、俺はただ、床に突っ伏した。
俺の今までって何だったんだろう。
女の子には「もらしマン」と言われ続け、逃げるように暮らした男子校生活。
それでも女の子への憧れは捨てきれず、本当の恋を探した結果が……これだ。
人形への哀れな恋だ。
俺みたいなニンゲンは、人形にしか相手にしてもらえないってことか?
世界には、女性なんて五万といるはずなのに……。
笑うがいい!
人形なんぞに恋した哀れなピエロをせせら笑うがいい!
俺はもう、ここから動きたくない……。
何も見たくない。何も考えたくない。このままここで……。
少しの間を置いて、頭に暖かい感触がした。そのままくしゃっとなでられる。
「彼女は本当におったよ。ちょっと待っててくれるか?」
物知り顔で一人頷き、茫然自失している俺を置いて、爺さんは店の奥へと入っていった。
俺の……運命の女性は……。
いったいどこに……?□
「この子は音姫と言ってな、昔から体が弱くての。十九歳で天に召されていったんじゃ」
爺さんが写真を持って出てくる。それを、焦点の定まらない俺の眼前に差し出した。
時計から出てきた人形そっくりの女の子がそこには写っていた。
この店の中で、オルゴールやガラス細工と一緒に写っている。
儚げだが、綺麗だ……。
俺は男なので、音姫と聞いても彼女に似合うな、としか思わなかった。
どこからか風が吹いているのか、ゆるやかになびく薄茶色の長い髪が印象的だ。
透き通るような白い肌も美しく、全てを包み込む天使のようだ。
人形よりはいくらか若いが、印象は変わらない。
ただ、その瞳は人形もよりもずっと深く、幸せそうで、悲しそうで、よく分からない不思議な色をたたえていた。
「この写真は病院でたくさんのチューブをつけられる前じゃからな。少し若いんじゃよ」
付け足すように爺さんが言う。
「ワシの、孫じゃ。小さい頃からよく、店を手伝いに来とった。ここに置いてあるもんが大好きでなぁ。飽きもせず見とったよ。いつ来てもいいようにと、あの子の部屋もつくってな」
爺さんはそう言って、どこか彼女に似た優しい微笑みを浮かべる。
「少し、見ていくか?」
「……」
俺は、何も考えられなくなった頭で、誘われるがまま頷いた。
もはや、怪しげな壺を出されたって、ハンコを押してしまうだろう。
それぐらい、俺は弱っていた。
家に帰るのも、寂しすぎて嫌だった。
爺さんはそれ以上何も言わず、レジの後ろのドアを開け、薄暗い階段へと案内した。
みしみしと階段を上がるたびに音が鳴る。
彼女もここを歩いていたのだろう。
人はいつかは死ぬ。俺もいつかは死ぬ。
人が人と出会うことができるっていうのは、当たり前のようで、贅沢なことなのかもしれない。
ティラン。
どこからか鈴の音が聞こえた。同時に、いつの間にか目の前にあったドアが開かれる。
「ここじゃよ」
そこには、まだ彼女の生きた音が流れているようだった。
どこか懐かしいススキ色のカーテン。中央に置かれた丸くて白いテーブルの上には、一つだけ、ピアノの形をした置き物がある。
オルゴールだろうか。
爺さんが中に入る。俺も続いて入った。
「わしはな」
爺さんはそのまま奥にある木の机まで進み、上に置いてあった白い封筒を手にとる。
「お前さんが、この子の好いておった男だと思っておる」
……はい?
「お前さんがこの店に入った時から、そう思っておった。言うか言うまいか迷っとったがな。言わないほうが、お前さんもこの子のことを忘れ、何事もなく日常に帰れただろう。他に好きな子がいて、プレゼントでも買いに来ていたのなら、それもいいと思った。じゃが、お前さんは、あの子を見つけてくれた」
封筒の封をあけ、二つに折りたたんである手紙を出す。
「わしはやはり孫が可愛い。この子の想い、伝えてやりたい。たった一瞬でも、この手紙を君が読んでいる間だけでも、恋する男と想いが通じ合った時間を与えてやりたいんじゃ。今のお前さんなら、それを叶えてくれる。ただの、わしの我侭じゃがな」
好きな人がいたのか……。
結局は失恋で終わる運命だったんだな。
振り子で見つけた彼女との接点など、俺にはまったくない。
「俺は、一方的に好きになっただけです。何が書いてあるかは知らないけど、その手紙を読む資格は俺にはありません」
彼女も苦しい恋をしていたのだろう。
振り子で簡単に恋人が見つかるものなら、誰も苦労はしない。
「いや。おそらく、おぬしじゃよ」
しつこいな。
「これを見てみるがよい」
爺さんは、机の上にあった写真立てを手にとった。
あぁ……!
俺の目は驚愕で見開かれた。
なぜ?
なぜなんだ?
俺はまったくもって身に覚えがねーぞ!
「中学生だったようじゃから、今とは少し違うが……面影はあるじゃろう?」
心臓がバクバクと高鳴る。どういうことだ? まったくもってさっぱり分からない。その写真は確かに、俺だった。中学時代の俺だ。学生服も着ている。
「手紙を、見せてくれるか? 爺さん」
声が上ずる。俺は、勢い込んでその手紙をあけた。□
はじめまして。私は亜由川音姫といいます。突然のお手紙ごめんなさい。
あなたをどうしても忘れられなくて、こうして書いています。
いきなりで驚くかもしれないけれど、私はずっとあなたのことが好きでした。
中学一年生の文化祭の時、私はあなたのクラスメイト(この手紙を渡してもらった、ゆかちゃんです)に誘われて遊びに行ったのです。
あなたは、お化け屋敷の幽霊さんでしたね。
私はお化け屋敷が苦手で、ゆかちゃんにくっついてこわごわ入りました。
ずっとびくびくしながら歩いていて、最後に、あなたが血まみれになったこわい顔で出てきましたね。
私は腰を抜かして尻餅をつき、その上泣いてしまいました。
思い出してくれたかな?
それとも、そんなこともう忘れちゃったかな?
覚えていてくれていたら、嬉しいです。
あの時、とても焦った顔して、「大丈夫?」って何度も聞いてくれたよね。
私、あなたの顔が恐くて余計泣いちゃって困らせてしまったけど、でも、後で悪いことしたなって、また会いたいなって思いました。
後でゆかちゃんから、私に「ごめん」って言っておいてって言われたよ、と聞きました。
優しい人だな、と思って、もっと会いたくなりました。
やっぱり、すぐ泣くような子はうっとうしいかな。
私は体も丈夫ではないし、あなたには合わないかもしれない。
でも、もし気が向いたら、私と一度でもいいので会ってください。□
そういえば、そんなことがあったかな……。
そんな些細なことで、人は人を好きになるんだな。
「ゆかちゃんっていう友達は、時々ここにも遊びに来たんじゃよ。その子もお前さんを好きになっていたらしい。だから、あの子は誰にも自分の想いを言えなかったようでな。わしが友達のかわりに聞いておった。じゃが、その友達も途中で好きではなくなったそうじゃ。人の心は変わりやすい。そして、その子が持っていた写真を、譲り受けたというわけじゃ。自分の想いもようやく友達には伝えてな」
「でも、結局、この手紙は出されないままだったんだな」
もし、受け取っていたら、今とは違う出会い方をしていたのかもしれない。
「ああ。その少し後に自分の病気のことを知ってな。言わないほうがいい、と決めたそうじゃ。それでも、自分がまだ病気のことを知らない時、普通の女の子らしい幸せな恋をしていたという記憶は、ここに置いておこうと思ったんじゃろう。手紙はこうして、今も残っておる」
爺さんはそう言って、封筒を俺に渡した。俺は手に持っていた手紙をその中にまた戻す。
「お前さんが、もらってくれ。それが一番いい」
「ああ」
もう少し前だったら、もしかしたら、俺は彼女の運命の相手になれたのかもしれない。
ほんの短い間であっても……。
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