+ 実 +


 僕はただ、ひたすらに走っていた。
 
どこに行くのかも決めていない。
 
どこに行きたいのかも分からない。
 
ただ、ここじゃないどこかに行きたかった。
 
僕は手で、乱暴に汗をぬぐった。
 乾いた口の中に入った水分も吐き捨てる。汗なのか、涙なのか、よく分からない。
 
 
あの旅人が持ってきた、よく分からない実。

 
美味しそうだと思ったんだ。
 
だから、半分食べた。
 
美味しいと思ったんだ。
 
だから、半分食べさせた。

 
死んでしまうとは思わなかった。

 
だって、僕は平気だったんだ。

 
民家ももう見えなくなり、何もない平原が寂しく目の前に広がる。
 僕は無我夢中でただ、走り続けていた。
 冬を予感させる冷たい風が、さとすように僕の頬を冷やす。

 
僕は関係ない。

 
僕のせいじゃない。

 
周りがだんだんと真っ赤に染まっていく。
 1日の終わりが近づこうとしている。
 
僕は走り続け、小高い丘を抜けた。
 腰よりも少し高めのススキのような草が、ボウボウと生えている。
 目の前には、立ちはだかるように大きな森があった。

 
始めに僕が死んでいれば、あの人も死ななかったのに。

 
僕は走り疲れ、そのまま後ろに倒れて仰向けになった。
 空は夕闇に包まれ、次第に色をなくしていく。

「あなたの家はここよ」

 星は僕にそう告げていた。
 さっきまで僕の家に瞬いていた暖かな光を見ることは、きっともうない。

 
空にかえりたいな。

 
漠然とそう思う。

 
死んだら地獄へ落ちるのかな。

 
それでいいと思う。

 
黒い雲の中から、月が次第に顔を出し始める。
 それと同時に、草をかきわける静かな足音が聞こえた。
 
 僕は勢いよく起き上がる。

「こんにちは」

 
黒い服も髪も夜の闇にまぎれていた。
 しかし、月光に照りだされたその女の人の顔はとても優しげで、僕はなんだか安心した。

「あなたは?」

 
僕は静かに聞いた。

「私はこのすぐ側に住んでいるの。もう少し行くと小屋があるわ。今日はうちへ泊まりにいらっしゃい」

 
その女の人は僕を見つめながら優しく微笑むと、返事も聞かずに歩きだした。

 僕はなんとなく慌ててついていった。
2へススム


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