+ 実 +
1
僕はただ、ひたすらに走っていた。
どこに行くのかも決めていない。
どこに行きたいのかも分からない。
ただ、ここじゃないどこかに行きたかった。
僕は手で、乱暴に汗をぬぐった。
乾いた口の中に入った水分も吐き捨てる。汗なのか、涙なのか、よく分からない。
あの旅人が持ってきた、よく分からない実。
美味しそうだと思ったんだ。
だから、半分食べた。
美味しいと思ったんだ。
だから、半分食べさせた。
死んでしまうとは思わなかった。
だって、僕は平気だったんだ。
民家ももう見えなくなり、何もない平原が寂しく目の前に広がる。
僕は無我夢中でただ、走り続けていた。
冬を予感させる冷たい風が、さとすように僕の頬を冷やす。
僕は関係ない。
僕のせいじゃない。
周りがだんだんと真っ赤に染まっていく。
1日の終わりが近づこうとしている。
僕は走り続け、小高い丘を抜けた。
腰よりも少し高めのススキのような草が、ボウボウと生えている。
目の前には、立ちはだかるように大きな森があった。
始めに僕が死んでいれば、あの人も死ななかったのに。
僕は走り疲れ、そのまま後ろに倒れて仰向けになった。
空は夕闇に包まれ、次第に色をなくしていく。
「あなたの家はここよ」
星は僕にそう告げていた。
さっきまで僕の家に瞬いていた暖かな光を見ることは、きっともうない。
空にかえりたいな。
漠然とそう思う。
死んだら地獄へ落ちるのかな。
それでいいと思う。
黒い雲の中から、月が次第に顔を出し始める。
それと同時に、草をかきわける静かな足音が聞こえた。
僕は勢いよく起き上がる。
「こんにちは」
黒い服も髪も夜の闇にまぎれていた。
しかし、月光に照りだされたその女の人の顔はとても優しげで、僕はなんだか安心した。
「あなたは?」
僕は静かに聞いた。
「私はこのすぐ側に住んでいるの。もう少し行くと小屋があるわ。今日はうちへ泊まりにいらっしゃい」
その女の人は僕を見つめながら優しく微笑むと、返事も聞かずに歩きだした。
僕はなんとなく慌ててついていった。
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