+ 実 +
2
その小屋は、森の奥深いところにあった。
どこにも目印なんかなく、なぜ彼女が迷わないのか不思議だった。
彼女に聞いてみたら、「みんな、優しいから」と微笑んでいるだけで、僕にはさっぱり分からなかったけど。
それ以上、聞きたいという気分にもならなかった。
彼女はとても不思議な人で、僕が話しかけなければ何も話さなかった。
僕は今、きっと、もっと落ち込まなければならないんだと思う。
もっと、罪悪感に苛まれなければならないんだと思う。
人を、殺した。
その罪を、感じなくてはならないんだと思う。
でも、僕の頭上には、いつもと変わらない星が瞬いているだけだった。
僕は相変わらず息をしていて。
僕という人間は、昨日と同じように生きている。
「僕は、罪を犯したんです」
顔を見るのが恐くて、僕は前を見ながら一人言のように呟いた。
「そう」
彼女は、僕の隣で頷くだけだった。
小屋の前で、僕らは石の上に並んで座っている。
この世で生きているのはニ人だけのように感じられた。
「僕は、人を殺したんです」
僕の喉が、ゴクっと鳴った。
「そう」
彼女は、同じように頷くだけだった。
二人の間に、また沈黙が訪れた。
周りには鬱蒼と茂る森。
ツンとした冷たい空気の中、静まりかえった木々。
闇の中から顔を出す月は、僕の心を見透かしているようだ。
「なぜですか」
僕は、訳もなく彼女を責めていた。
「なぜ、何も言わないんですか」
無意識のうちに、語調が強くなる。
「僕は人を殺したんですよ? 僕が……実を渡したんだ」
苦痛に歪んだ顔。苦しそうなうめき声。剥き出しになった目。
止まらない吐血。受け止める手と床。
僕を、信じられないように見る、あの、瞳……。
「僕が渡さなければ死ななかったんだ」
僕の手によって生み出された記憶。
「僕は、償えない罪を犯したんだ。なぜ、何も言わないんですか」
許せない。
僕の気持ちは、そう変わっていた。
理由なんて分からなかった。
ただ、何も言わない彼女のことが許せなかった。
「僕は、許されない罪を犯したんだ」
「あなたは……」
ようやく彼女が話しだした。
僕はどこか期待しながら、次の言葉を待った。
「裁かれたいのね」
すぐには意味が分からなかった。
ただ、欲しかった言葉とは違っていて、悲しかった。
「もし私があなたを責めたら、あなたはどうなるのかしら」
「責めるのが、当然じゃないですか。だって僕は……」
「私は、人を愛しているわ」
僕が言い終わる前に、彼女は続けた。
「あなたが少しでも楽になれるように、責めてあげたい気持ちもあるわ」
責めてあげたい……?
「でも、それはよくないことだということも、分かってる」
僕は、責めてほしいのか……?
違う。そんなことは大事なことじゃないんだ。
僕は、人を殺した。
それは、どうしょうもない事実なんだ。
僕は、許されないことをした。
だから、本当は生きていちゃいけないんだ。
いけないことをしたんだよ。
「僕を刺激しちゃいけないと思っているのか? 僕を刺激したら、自分も殺されるかもって思ってるのか?」
そんな顔はしていない。それは、十分承知していた。
ただ、彼女の気持ちが分からなかった。
「あなたはまだ、罪を自覚してはいないわ。受け入れる器もない。でも、純粋で優しい心は持っている」
分析をしてほしいわけじゃない。
「人の力を借りないで、自分で乗り越えなさい」
なぜか、突き放されたような気がした。
こわい。
今更、そんな感情が湧きあがる。
僕は一人だ。
そう、強く感じた。
人は結局、一人なんだ。
「私はあなたを責める気もないし、責める心も持ってはいない。あなたの期待には、応えられないわ」
僕は、力なくうなだれた。
突然、大海原に投げ出されたような心地がした。
希望が失われたような気分になった。
希望なんて、あるはずなかったのに。
僕の心は、死んでいくようだった。
「もう冷えてきたし、中に入りましょう」
かすかに僕は頷く。
でも、部屋に入る気は湧いてこなかった。
「ドアは開けておくわ」
彼女はそっと立ち上がると、静かにそこを去った。
小屋の中に、小さな灯りがともる。
僕はしばらくの間、空を見つめていた。
でも、しばらく経って、何も解決できないと知り、
迷った末、僕も小屋の中に入った。
キィ、と小さな音とともに、ドアを閉じる。
その音だけが、現実味を帯びていた。
どこからか、ほんのりと灯りがともっている。
奥の方には小さな台所が見えた。
生活の匂い。
少しだけ、生きている心地がした。
彼女の姿は、見当たらない。
僕は、入口の横に置いてあった布団にもぐりこむ。
僕のために、分かりやすく置いてくれたのだろう。
これ以上、彼女と話す理由もない。
僕は目を瞑り、静かに朝を待った。
いつもとは違う場所で。
3へススム
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||