+ 四季第一章 +




 1.春が訪れて

 あれはいつのことだっただろう。
 言葉のなくなった時。
 大事なものがなくなった時。
 一人きりで過ごしたクリスマス。
 朝が来るなんて信じられなくて。
 冬が終わるなんて信じられなくて。
 太陽の優しい照りつけに目を疑った。
「私、あなたが好きみたい」
 少しはにかみながら笑う君に、僕は目を丸くすることしかできなかった。すっかり気が動転して 信じられないような思いで彼女をただ、見つめるだけだった。
「せっかく女の子が愛を告げてるのに、何も言わない気か?」
 すねたような表情で、僕を軽く責める。
「僕は……」
 何か言わなければと口を開いた瞬間、春の風が彼女を桜で包んだ。髪が乱れるのはお構いなしで、彼女は一生懸命にスカートを押さえる。
 可愛いなと、一瞬思った。
 女。
 
女の子だったんだな……。
 
ずっとそんなこと知らずにいた。分かっていたつもりだったけど、でも本当は分かっていなかった。僕にとって女の子はたった一人だった。ずっとそうだった。
「何か言えっ」
 少し顔を近づけ、人差し指で僕のおでこを突く。僕はつい、後ろに引いてしまった。
「あ……」
 彼女は傷ついたように俯く。
 しまった。
 僕は慌てて弁解しようと、また口を開く。
「僕……僕は、ごめん、驚いただけで。えっと……でも、嬉しいよ。すごく嬉しいのは確かで。だけど……いや、嫌じゃないんだ。なんか、なんというか……」
 どう言っていいのか分からず、おかしな日本語になる。
 ゲシッ。
 見るに見かねたのか、彼女は僕の向こう脛を蹴り上げた。
「いってぇぇぇぇぇぇっ!」
「ざまぁみろっ」
「あにすんだよっ。くっ……いてぇ……」
 息も絶え絶えに脛を抱え込む。
「お前、思い切りやっただろ……ひでぇ……」
 恨みを込めて下から睨みつける。
「ぐはぁ……っ」
 責めるに責められない状況。
 彼女の瞳からは大粒の涙が溢れていた。
「嫌なら言い訳なんてしなくていいよ。あんたらしくないよ、そんなの。そんな気遣いいらないよっ。はっきり言ってよ。一言でいいんだよ。いつものあんたで答えてよ。いきなり丁寧にならないでよ。ばかぁ……」
 しゃっくりをあげながら必死に答えを求める。
 くっ……。
 痛みをこらえ、立ち上がる。
 どうしたものか……。
「私のこと、今は好きじゃなくても、付き合ってたら好きになるかもしれないよ?」
 泣きはらした目でそんなことを言う。
 この状況でそんなこと言われて、断れるわけないだろ? 分かってて言ってるのか?
 なんだか作為的な匂いがする。
 ・・・まぁ、いっか。
 僕は妙に清々しい気分で、答えを出した。
「望み通り一言で言ってやるよ」
 彼女の視線も意識も、何もかもが自分に向けられているのが分かる。
「答えは……イエスだ」
 もしかしたら、春が訪れるのかもしれない。
 もしかしたら、僕の冬はようやく終われるのかもしれない。
 一抹の不安を抱えながら、僕はこれからに淡い期待を寄せた。



  2.当たり前のように夏がきて

 暑い。
 てゆーか、暑い。
 セミがけたたましくミンミンと騒ぐ。蚊がしつこく血を強請る。何もしなくても汗がダラダラと滴り落ちる。そんな暑さ。
「会いたかった〜」
 そう言って自分の腕をとる彼女が、正直鬱陶しかった。
「あっそ」
 適当に相槌を打って、腕を振り払う。
「やっぱりさ、こんな暑い日に会おうってゆーのが間違ってるんだよ」
 そう言って、自前の団扇でパタパタと扇ぐ。
「ひどいよっ」
「暑いんだからしょーがないだろ〜」
 暫く八つ当たりをして、ストレスを発散する。
 だんだん彼女の口数が減ってきた。
 言い過ぎたかな。
 少し反省して、頭を引き寄せ、キスをする。
「汗と混じってしょっぱい……その上生温い。やだ〜。やっぱり帰ろ〜」
「ひど〜いっ」
 そんな日々が続いた。
 今振り返ると、本当にひどいことばかり言い続けたと思う。彼女が側にいるのが当たり前になっていた。
「好きだよ。ずっと側にいたいよ。あなたの側であなたのことだけ考えてあなたの胸で、目を開けたらあなたがいる。それだけが私の願いだよ」
 正直怖かった。僕はそんなふうに思われること、何もしていない。つい、昔の彼女と比較してしまったり、欠点ばかり指摘してしまったり。僕は最低の彼氏だったと思う。なのに、そんな風に好きだと思われる。それが怖かった。
 僕は、いつのまにか、彼女の愛を否定するようなことばかりした。
 だから、いつ頃から彼女が僕を好きだと言わなくなったのか、僕を見なくなったのか、全く思い出せない。
 気付いた時には、もう遅かった。

2へススム


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